EvoDevo × Bioacoustics

生物の音声利用に関わる喉頭 (音声発信器官: 輪状・甲状・披裂軟骨...)と聴覚器 (音声受信器官: 外耳・中耳・内耳 ~ 聴覚野...)を構成する骨, 軟骨, 筋肉, 神経の胎子期発生, 遺伝子発現, 発信音の音響特性 (周波数, 強度, デューティ比...)等から哺乳類の聴覚系の進化史を多面的に研究しています.


超音波器官形成に着目したコウモリ類のエコーロケーションの進化的起源の解明
(博士課程 研究テーマ)

コウモリ類のほとんどの種は喉頭の筋収縮により超音波を発信し (パルス), 物体から反射した反響音 (エコー)から獲物の位置や障害物の形状を把握する反響定位 (エコーロケーション)を進化させました. コウモリ類のエコーロケーションのほとんどは喉頭の輪状甲状筋の収縮により超音波発信する喉頭エコーロケーションと呼ばれ, コウモリ類のうちヤンゴキロプテラ類 (亜目) の全種と, インプテロキロプテラ類 (亜目)のうちキクガシラコウモリ類 (上科)にみられます. 一方, キクガシラコウモリ類以外のインプテロキロプテラ類であるオオコウモリ類 (科)は喉頭エコーロケーションをもちません.

これまで化石記録や聴覚遺伝子配列を用いた喉頭エコーロケーションの進化研究が進められてきましたが, コウモリ類で一度進化し, その後オオコウモリ類で失われた一回起源なのか, ヤンゴキロプテラ類とキクガシラコウモリ類の間で収斂進化した複数回起源なのか, 論争が続けられてきました.

そこで私たちは, エコーロケーションの超音波受信に用いられる内耳の発生過程に着目しました. 内耳は解剖学的に骨性の鼓胞と軟骨性の蝸牛 (俗にいう渦巻き管)から構成されています. このうちの鼓胞について, コウモリ類で極めて高い周波数の音を利用するキクガシラコウモリ類の鼓胞骨化プロセスをエコーロケーション能力をもたない種と比較したところ, ①骨化タイミングがコウモリ類で早期化していること, ②鼓胞サイズ成長が性成熟まで延長されている(※1)ことを発見しました. このことから, エコーロケーションを行うコウモリ類の聴覚器官には, エコーロケーションの進化に伴って発生過程の時間的改変 (ヘテロクロニー) が生じていることが示されました (Nojiri et al., 2018; Journal of Morphology).

※1. 一般的な哺乳類の鼓胞は出生直前に骨化します. また, 蝸牛のサイズは生後から成体まで, ほとんど変化しません. 我々ヒトで言えば, 赤ちゃんの鼓胞と大人の鼓胞のサイズは大差ありません.

また軟骨性の蝸牛については, ヤンゴキロプテラ類に属するヒナコウモリを対象に形成過程の記載を行った論文を発表しました. 本論文は非モデル動物では初めて, 軟組織撮像を可能とするDiceCT法 (Gignac et al., 2016)を用いて蝸牛形成の三次元構築を行った研究となります (Nojiri et al., 2021a; Developmental Dynamics).

次のステップとして, 3つのエコーロケーショングループ (ヤンゴキロプテラ類・キクガシラコウモリ類・オオコウモリ類)の間で鼓胞の骨化タイミングを比較したところ, キクガシラコウモリ類だけでなくヤンゴキロプテラ類でも早期化している一方, 喉頭エコーロケーション能力をもたないオオコウモリ類の鼓胞はコウモリ類以外の哺乳類同様, 頭骨要素の最後に骨化していることが判明しました
(Nojiri et al., 2022; Journal of Experimental Zoology B).

一連の研究の集大成として, 鼓室輪と茎状舌骨と呼ばれる骨要素に着目しました. 一般的な哺乳類では, 鼓室輪と茎状舌骨は互いに癒合・接触せず独立した骨要素として存在していますがエコーロケーションを行うコウモリ類ではこれらが癒合・接触していることが知られています (Veselka et al., 2010; Nature). この骨学的性質は発声音・反響音間の音響学的な差異の検出精度を向上させるという機能的な利点をもちます.

私たちはこの点に着目し, 蝸牛に加え, 鼓室輪と茎状舌骨の発生過程を34種のコウモリ類, 他哺乳類の間で比較しました. 結果として①喉頭を用いたエコーロケーションを行わないオオコウモリ類 (俗にいうフルーツバット)は我々のようなコウモリ類以外の哺乳類の発生過程と極めて類似した発生過程を経ていることが判明しました. 一方で, ②鼻腔による超音波発信を行うキクガシラコウモリ類と口腔による超音波発信を行うヤンゴキロプテラ類の発生過程は質的・量的ともに異なっていることが示唆されました. これらの結果から, コウモリ類のエコーロケーションはコウモリ類という1つのグループの中で収斂進化していたことが判明しました. 本研究によってコウモリ類のエコーロケーションの進化的起源をめぐる一連の論争に終止符が打たれました (Nojiri et al., 2021b; Current Biology).

© 2020 Taro Nojiri
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